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テレデザインにおける様々な活動や思索や情報を、この BLOG のコーナーにおいて紹介します。近況報告や、プロジェクトリポート、あるいはテーマ別のトピックなど、 気軽に読んで頂ければ幸いです。

立ち飲み屋とロンドン・パブ
日本橋小伝馬町の愉しみ方

2010年2月25日


再び、日本橋小伝馬町のお話です。

オフィスビルが立ち並ぶエリアですが、裏に行けば小さな昔ながらの飲み屋があります。夜になれば駅の近くに屋台のおでんがあったり、裏通りには立ち飲み屋がチラホラ。暗くなればスーツ姿のサラリーマンが集まってきます。

ロンドンに住んでいたとき、僕が一番好きだった処は「パブ」です。
角を曲がればかならず何処にでもあるパブは、疲れを癒せてホッと一息つける場所でした。
椅子があまり置いてないので立ち飲みが主となりますが、動きやすいためサクッと一杯飲んだり、あるいは隣にいる見知らぬ人と話したり。
「A pint of lagger, please」と一言ですぐに飲み物にありつけます。

日本の居酒屋の場合だと、チャージありで席に着けば 1〜2時間は居ないといけないので時と場合によっては面倒くさいと思うこともあります。込み入った話をする時にはよいけれど、帰り際にサクッと一杯とはいきません。

そういう意味で、小伝馬町の裏手にある立ち飲み屋は、僕にとってはツボです。それでいてリーズナブル。「生ビール一杯」って言えば350円の生ビールにありつけます。

軽く一杯でスタッフを慰労したり、お客さんと気軽に飲んだりと、色々と有効活用できそうです。

しばし、日本橋小伝馬町でロンドンのパブ気分を楽しもうと思っています。(笑)
(田島則行)

日本橋小伝馬町に移転
都市再生のために・・・。

2010年2月17日


2月15日(月)より事務所を日本橋小伝馬町に移転しました。

場所は日比谷線の小伝馬町駅から徒歩1分。総武線の新日本橋駅より徒歩5分。銀座線の三越前駅からは徒歩8分ぐらい。さらに都営新宿線の馬喰横山駅や都営浅草線の東日本橋駅からも徒歩8分ぐらいの場所になります。交通としては大変便利になりました。東京駅もすぐ近く。そして箱崎もすぐ近いので地方への出張も楽になります。

小伝馬町は江戸時代からある下町で、1606年に江戸城内にあった伝馬役を務める人たちの街がこの地に移転してきたことから、小伝馬町と大伝馬町ができたと言われています。ちなみに伝馬役とは「伝馬の提供、またそれに伴う労を提供する課役。戦国時代より行われたが、江戸時代に最も発達。」(Weblioより抜粋)という意味。つまり、今流に言えば情報の伝達を担うインフラ、重要な役割です。また、同時に「布地や家具や塗物を商う商人が多く、畳屋・附木屋・指物師がおり、職人の町としても賑わって」(「古今お江戸日本橋」より抜粋)いたそうです。そして最近は洋服や金物等の物流の拠点として栄えてきました。

交通手段が今日でも便利なのは、こういった歴史的背景もあるのでしょう。
ところが、都心にこれだけ近いにもかかわらず(むしろ都心そのもの?)、バブル以降の20年間、このエリアは少しずつ活力を失いつつあります。物流の拠点は郊外へと移転し、仲卸を飛ばした流通の仕組みが成熟するにつれて、この地で活躍してきた企業が廃業し、あるいは移転したりと、空きビル空き室が増えています。

ここに元気で若い人たちを集めて新しい価値を創出するために、2003年から街づくりに関わるようになりました。日本橋馬喰町や東神田一帯を含めた不動産再生と都市活動の再生を兼ねた街づくりです。もちろん、まだまだこの街の人たちは元気だし、下町ならではの濃密なコミュニケーションも健在です。そんな彼らとこの地での活動を少しずつ拡げて行きたいと思っています。

次なる活動は今、準備中。詳しくはまたお知らせします。
(田島則行)

PS. このエリアのおいしいお店も開拓中。良い情報があればご一報を。

Twitterを始めた
つぶやきが生み出す都市のうねり

2010年2月 1日


Twitterを始めた。今日で一週間になる。

ニュースや雑誌、あるいは友人からの話でTwitterが面白いのは聞いていた。

でも、140文字のつぶやきがなぜ面白いのかが今ひとつ理解できずにいた。
Mixiもやったことはあるが、内輪で盛り上がる感じが今ひとつなじめず、のぞき見をしているようで、しばらくほっといてフェイドアウトしてしまった。

どうもそのイメージが強く残っていたのかもしれない。そして週間ダイアモンドのTwitter特集を読んで驚いた。そうか、そういうことが起きていたのか・・・、といきなりTwitterを始めたのだ。

90年代後半に「City of Bits」という本を共訳した。当時MITの建築学部長であったウィリアム・ミッチェルの書いた本だ。これはインターネットの状況を解析し、インターネット的な世界観で建築や都市を読みなおす、という当時では画期的な内容であった。

都市論において、都市はAGORAである、あるいはFORUMである、という言い方がある。AGORAはギリシャ時代、FORUMはローマ時代の言い方であるが、人が集い様々な議論を交わし政治や社会が顕在化する広場を指した言葉だ。

そこで、過去に何度も「インターネット」は都市的なAGORAであると言われてきたが、Twitterがこれほどまでに都市的で面白いモノであろうとは、想像できていなかった。

Twitterはまぎれもなく都市のAGORAである。あるいはFORUMである。

今なら言い切れる。Twitterを始めて一週間程度にもかかわらず、都市のうねりに大きく巻き込まれてしまった経験を通してそう思った。

誰かがSNSは郊外でのコミュニケーションであると言っていたが、あたっているように思う。それと比較すると、Twitterはまさに都市のど真ん中だ。それも実際の都市よりも遙かに都市らしいかもしれない。

以前のブログにも書いたが、マンションのコミュニティというのは、どうしても希薄になりがちである。これはその空間の作り方に問題があるのだが、その理由についてはここでは割愛する(過去ブログ参照)。

都市のコミュニティにとって「気配」はとっても重要だ。一軒家が並ぶ街では気配が見える。道に面した商店街では「気配」は道に大きく開いて繋がっている。電気がついているとか、出かけたとか、友人が訪ねているようだとか、ゴミを出したとか、そんな日常的な気配があるからこそ、道であった時には、さっと挨拶できたり会話 ができたりする。

「道」で繋がった下町では、道が唯一の出入り口であり、採光も道を通して確保しているので、家の「気配」が道にはみ出してくる。これはマンションにはない感覚だ。どこに誰が住んでいてどんなことをやっているのか、それが「気配」をとおして少しずつ漏れてくる。それがコミュニケーションのベースとなって会釈が会話となり、そして町内会となり街のコミュニティが繋がっていく。

Twitterは言ってみれば、多くの人たちの「気配」があふれ出てくる「都市」だと思う。140文字という少ない量の文だからこそ、構えずに気軽につぶやける。そしてそこには「タイムライン」という道がある。

タイムラインを眺めていると、まるで大通り沿いのカフェに座っているような気持ちになる。でも、実際のカフェでは、道を通る人のつぶやきは聞こえないが、Twitterでは、それは鮮明に読み取れる。

「今、国会で予算委員会がはじまった・・」
国会から議員達がつぶやく。つまり国会議事堂もこの大通りの一部だ。

「今、朝御飯を食べ終わってでかけるところ・・・」
10年来会っていない旧友がつぶやく。旧友の玄関も一部である。

「日本の文化は、今大きな問題を抱えている・・・」
有名な論客が執筆途中につぶやく。そう、この論客の頭の中も「Twitter大通り」の一部である。

Twitterを始めて少しずつフォローする人が増え、フォローされる人が増えるにつれて「うわぁ、なんだこれ」かなり衝撃的なことが起こり始めた。これはまさに「都市」だ。この大通りは小さな通りにも大きな通りにも変化する。自分がフォローする人の数によって、10人でも100人でも、1000人でも自由にその道幅は変化し、さらに地理的な近接性はゆがめられ、日本中あるいは世界中のありとあらゆる人のつぶやきが目の前のタイムラインを通り過ぎていく。

10人ぐらいなら井戸端会議。50人100人となれば立派な街だ。そして1万2万となれば「都市」でありメディアにもなる。さらに10万を超えてくれば、これは立派な大都市であり、マスメディアである。

勝間和代のフォロワーの数がもうすぐ30万人に達しようとしている。

彼女の一挙一動が、つねに30万人に伝わっている様は圧巻だ。彼女の生活や思考が、この大通りの目立つ位置に、ガラス張りの状態でいつも進行中なのだ。そしていつでも話しかけることができる。彼女は返信もしてくれるのだ。

Twitterという都市はものすごいかもしれない。しかも都市や人々の活動、そしてコミュニティのあり方すら変えていく大きな力を持っているように思う。

つぶやきという「気配」。

Twitterという「都市」。

なんだか楽しくなってきた。

しばらくTwitterを続けていこうと思う。

(このブログは、僕のTwitterでのつぶやきを再編したものです☆笑)

Twitterで noriyukitajima を検索してみてください。
(田島則行)

日本橋の再生と高岡地場産業の再生
不景気だから見えてくる新しい息吹

2010年1月22日

野老朝雄がデザインした高岡バックル

久しぶりにco-labに行ってきた。
千代田区三番町にあるco-labは若いクリエーターが集まるシェアオフィスだ。古い建物の躯体がそのまま露出され、ラフなベニアで各ブースが作られている様子は、オープニング当初と変わらずダイナミック。

co-labの代表を務める田中さんとしばし談笑。この不景気の中だからこそ新しい展開があるようで、今年はco-labの飛躍の年になりそうだ。

僕らがCET(セントラルイースト東京)で街づくりを手がけていた日本橋の裏手、住所でいうと日本橋馬喰町や小伝馬町、そして東神田あたりのオフィスビルの空きビル・空きフロアがまた増えてきている。不景気の波がこの町をも直撃しているのだが、これはCETを始めた2003年頃の状況より悪いかもしれない。

リーマンショック以降、再びこの愛すべき東京の下町が危機に瀕している状況を見て、まだまだ自分がやらなきゃならないことが、沢山あると強く感じる。

もともと、オープンスタジオNOPEというシェアオフィスを2007年まで10年以上運営してきていたのだが、その試みがCoLabとかクラインダイサムのデラックスとか、あるいはRプロジェクトなどに、何らかの影響を与えてきたということもあるし、神田での街づくりであるRenbase UK01などにも繋がって東京キャナルやCETが生まれた、という歴史もある。

今、この街のために再び何かをしなければと、方法論を色々と思案しているところです。

ところで、1年以上かけて手がけてきた高岡のプロジェクトがいよいよお披露目です。二年前に高岡で講演を行ってから始まったこの長いプロジェクトは、一昨年の構想期間を経て去年より本格化し、精鋭のデザイナー5名に参加してもらってベルトのバックルを試作しました。

詳しくは:「高岡連盟展2009 高岡バックル」


いわば地場再生の活動として高岡の得意とする金属や漆の製造技術を生かしたブランドを立ち上げるためのプロジェクトです。

このプロジェクトを通して高岡に何十回と通い、様々な議論や試行錯誤をすることによって、日本のプロダクトにまつわる問題が見えてきました。優れた技術がありながら、それを次世代に繋げていくために十二分にその可能性を引き出すことは、困難な作業でもありましたが、同時に解決策は意外と単純であるということもわかってきました。

日本人は歴史の中でどこかの誰かが作った「ブランド」を継承するのはできるけれど、歴史を分解しもう一度再構築して新しいブランドを「発明」することを不得手としています。

色々とトライ&エラーを繰り返しつつ分かってきたのは、自分に課せられている役割が、デザインというよりはブランド価値の「再構築」と「発明」の部分であり、それを機能させるための流通をデザインすることまでもカバーすることです。そしてそれが実は先述の「馬喰町」エリアが得意としてきていたパートであり、この日本橋裏手のエリアも問屋産業の尻すぼみに悩んでいるという。僕の中では、高岡と馬喰町は繋がりつつある。地方と日本橋を繋ぐ新しい橋を架けてみたいと思っています。

PS. 1月26日の夜18時〜20時まで、高岡工作連盟展のオープニングレセプションを行います。おいしい高岡のお酒も用意していますので、皆様ぜひいらしてください。
(田島則行)

2010年の抱負
「仕組み」のイノベーション

2010年1月11日

高岡における溶解した鉄を流し込む瞬間。新しい形が生まれる瞬間です。

あけましておめでとうございます。

2010年になりました。

昨年は政治、経済と大きな変化を迎えた一年でした。
まだ世の中の混乱は続くと思われますが、こういう時代だからこそチャンスが訪れていると思います。

リーマンブラザーズが倒産してからすでに一年以上経過。一時の混乱と比較すれば落ち着きを取り戻したものの、依然景況感に前進は無く閉塞感を払拭できません。
政治の世界では公共事業による特需ではなく直接給付による内需拡大が言われていますが、効果を発揮するのはまだ先のようです。
3月から4月ごろには回復基調になってくるとの見方もありますが、厳しい状況はまだ続くと思います。民主党が政治政策ではなく大きなビジョンを構築し、その方針に国全体の信頼が広がるまでは本来の成長路線に回復するには時間がかかるでしょう。

明るい話は少ないようでありますが、実はこのような経済の低迷期こそ、建築するには最適な時期でもあります。土地の価格は下がり、建設費もかなり安くなっています。また、業界の構造にも変化の兆しが現れています。クライアントには最大限のメリットを提供できるチャンスでもあります。

自分自身はというと、そんな時だからこそ、「仕組み」にこだわっていきたいと思っています。

建築の設計は自由であるようにみえて、実は、建築基準法や、不動産の仕組み、あるいは金融や銀行の仕組みに大きく左右されています。デザインの自由を獲得するために、実は見えないところで様々な「制度」と戦ってきました。今、そういった数々の「制度」に軋みが現れています。旧来の仕組みが揺らいでいるのです。

こういう時代にこそ、「制度」や「仕組み」のイノベーション、つまり革新が可能になると思います。もっと、良い空間、良い建築を設計したい。そのためには、この革新が必要になるのです。

私一人でできることは微々たるものですが、他の志を共有できる人たちと一緒に、すこしずつ前進したいと思っています。

今年の一年の抱負は、「イノベーション」つまり「変革」と位置づけて、将来へ向けて大きく育てるための小さな一歩を踏み出したいと思っています。
(田島則行)

ブログ&コラムの変更
これで書きやすくなった?!

2009年11月21日

事務所近くの商店街。武蔵小山はアットホームです。

ニュースにも載せましたとおり、ホームページデザインを改良しました。
特にこのブログのコーナーでは抜本的に変更しています。

今までは、同じブログのページのなかにまとめられていたものを、今回は、内容のテーマごとに振り分けて独立したページとすることにしました。デザインのこと、住宅のこと、リノベーションのこと、エコロジーのことなど、テーマ性に合わせてそれぞれ「コラム」として独立させて、書くテーマをより深く掘り下げることができます。

一方、この「田島則行の建築日記」と「プロジェクト・レポート」も日々更新するものとして独立させました。
この改良は、一つは見やすくするためでもありますが、もう一つは、ブログという表現形態の難しさを感じて、思い切って今回の変更をすることにしたのです。

ブログって、もっと気軽なもののはずですが、我々としては、皆さんに伝えたいことがいっぱいあって、それがどうも「ブログ」というフォーマットになじまない。どちらかといえば、書き物として「コラム」として書くのがやりやすく感じるのです。

結果として、この「田島則行の建築日記」では、純粋にブログとして、日々の何気ないことでも書いて行けるだろうと思います。
できるだけ間を空けないように、アップしていこうと思います。(田島則行)

神田・日本橋の街づくり
 都市再生の波動エネルギー

2009年10月 8日

日本橋馬喰町にほど近いところにある、倉庫兼オフィスビル。耐震補強もかねてビル全体を生き返らせた。ここが新しい活動の舞台となって、生き生きと使われていました。嬉しい限りです。

今日、久しぶりに日本橋の馬喰町に行ってきました。
以前手がけたオフィスビルのリノベーション物件のオーナーを挨拶がてら訪問しました。

2003年から3年間ほど、日本橋から神田エリアでの街づくりを仕掛け、空きビル空き室を利用した都市再生を目指して活動をしておりました。そのひとつとして、このビルのリノベーションを行ったのです。
街づくりの過程で、様々な人たちをあつめて CET(セントラル・イースト・トーキョー)というイベントを仕掛けたりしました。 当時は空きビルが目立ち始め、少し寂れ始めた卸問屋街として危機的な状況でした。そんな中、若いアーティストやデザイナーに空きビルの部屋を開放し、このエリアの活性化を目指したのです。

その結果、R不動産が活躍の場を拡げ、街のあちこちに素敵なギャラリーやカフェが増え始め、我々がリノベーションを手がけたビルにも、感度の高い人間が集まり、ポジティブでクリエイティブな雰囲気が漂い始めました。

特にこの1〜2年でその成果が現れ始め、街づくり活動を始めた頃に熱く語り合った夢話が、こうやって実現し始めていることに感動しました。
一緒に活動していたそのビルオーナーと街を徘徊しながら、しばし幸せな時間を過ごしました。

例えば、隣のビルはかつては空き室の多い薄汚れた雑居ビルでした。 廃墟とは言いませんが、ほとんど廃墟目前の雰囲気を漂わせていました。それが今では、4つの素敵なギャラリーがあり、上階は 様々なクリエイティブなグループが全部屋を埋めてしまい、古いけど素敵な空気感のただよう満室可動のシェアオフィスに様変わりしていました。

現在は目黒にオフィスを構えていますが、この住宅街の中で仕事をしていると、その周辺エリアの雰囲気の違いを感じます。暮らす場所として相応しい目黒は、それはそれで落ち着いて仕事ができるので気に入っていますが、それと比較すると、経済活動のエネルギーが感じられる日本橋から神田エリアは、今後のポテンシャルを強く感じます。

人やエリアや空間が生み出す「波動」ってありますよね。そんなエネルギーをもらって自分の活動も広がっていく、という側面もあります。そろそろ来年あたり活動拠点を再考すべき時かなと、思うこのごろです。(田島則行)

民主党政権の誕生・サステイナビリティの向上へ

2009年9月29日

箱物公共工事より前に、経済や社会構造の軋みが問題では?
箱物公共工事より前に、経済や社会構造の軋みが問題では?

8月30日の衆議院選挙の結果、民主党による政権交代がついに実現しました。

今、日本はボロボロです。国の体制としても不協和音があちらこちらで聞こえてきて、社会的・構造的な軋みが鳴りやみません。

実は、建築分野はその影響を一番受けている業界です。
思い出してみれば、姉歯事件の反動で建築基準法の法改正で半年間も確認申請が下りないような事態が続き、建設業界が大きな打撃を受けました。

その後さらに、ウォール街発の金融工学で過剰に潤っていた投資資金が建設資材の価格を押し上げたかと思えば、不動産投資市場はサブプライム問題で急激に冷え込み、数多くあった不動産ファンドやディベロッパーが淘汰されていきました。

官製不況と経済不況が同時に押し寄せたのが、今の日本の建築・建設業界でした。

そんな時代だからこそ、民主党の一挙一動からは目が離せません。
修正に修正を加えて、摩訶不思議な暗号文書と化してしまった建築基準法は、役所の人間ですら四苦八苦して解読しています。古い建物一つをリノベーションして再生するのにも、法解釈の厚い壁が立ちはだかり、既存の都市ストックの再利用はなかなか進みません。

都市再生を掲げてコミュニティーセンターやら、美術館やら、アニメの殿堂(?)やらを建設しても、結局は新しい天下り団体を増やし続け、日本の借金は膨れあがるばかりです。

民主党が掲げる、「人」を中心とした日本再生・都市再生には共感する部分が多くあります。
アニメの殿堂だって、いきなり箱物の大きな建物を建てるのではなく、秋葉原という街の空き室・空きビルを連携させて秋葉原の都市再生とリンクさせた運営方針が十分に可能なはずです。そうすることによって、自律的に発展していける都市構造が可能なはずだと思うのです。

大型建設に頼った公共投資が、なぜ日本の将来のためにならないのか。

それは、持続可能性(サステイナビリティ)の問題です。

公共工事は、工事期間中は建設費用を通してその地域にお金がばらまかれます。しかし、そのお金は一過性のものであって、その地域がお金を創出できる仕組み、自律的に地域再生ができる循環構造を作らない限りは、結局は赤字運営の飛行場や美術館となってしまい、地方行政を疲弊させます。

発展途上国であれば、自民党モデルのバラマキ型は成立しますが、人口縮小する今の日本では成立しません。

エコロジーやエネルギーにおいてだけでなく、経済的そして社会構造的な持続可能性、サステイナビリティの向上こそが、我々の目指すべき将来なのです。(田島則行)

シアトル紀行-2
マリナーズのIchiroll

2009年5月22日

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セーフコフィールド

レクチャーは2日間にわたって行われ、東京からは僕が、そしてもう一人は北京で創作や調査活動等をおこなっているアメリカ人女性のMary Ann Rayさんも一緒に招待されました。東京と北京を比較しながら都市と建築を考えよう・・といった主旨の講演会です。

学生達にとっては、東京という場所、そして東京という特殊な環境(世界的に見れば特殊なんですね)に建つ建築というのが、まず刺激的というか、興味を沸き立てるようで、東京ツアーを組み込んだ設計授業なども行われていました。ですので、今回は講演だけでなく、東京ツアーに行った学生達の作品の講評会にもクリティックとして招かれ、アメリカ人学生の「日本論」を楽しく聞かせて貰いました。

昔とは違い、「フジヤマ・ゲイシャ」の皮相的な見方をする学生も少なく、彼らなりに深く切り込んでいて、それはそれで面白かったです。ただし、アメリカ人からすれば、日本の建築デザインや文化的な奥行きを一朝一夜で理解するのは、なかなか難しいハードルなのでしょう。悪戦苦闘しながらの学生達の今後が楽しみです。

偶然ですが、運良くマリナーズのホームゲームを見に行けました。対戦相手がなんと、レッドソックスで、松坂のローテーションとは重なりませんでしたが、岡島の投球も見れましたし、目の前でイチローも見れました。

残念ながら、その日のイチローはワンヒットだけ。ライトにもフライすら飛んできませんでしたので、イチローのレーザービームも見れませんでした。はたまた、楽しみにしていたIchiroll(セーフコ・フィールド名物の巻き寿司です)は売り切れて食べられませんでしたが、メジャーリーグ・ベースボールをたっぷりと堪能してきました。

今度はぜひ、プライベートでシアトルに遊びに行きたいと思います。(いつになることやら・・・)
(田島則行)

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シアトル大学の学生達の作品
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売り切れだったIchiroll

シアトル紀行-1
美しい都市・University of Washington

2009年5月22日

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ワシントン大学キャンパス

ニュースでもお知らせしましたように、シアトルのワシントン大学に行ってきました。

新型インフルエンザのニュースが世間を騒がせている中、ちょっと心配しながらの渡航となりましたが、インフルエンザにかかることもなく無事帰ってきました。(昨日のニュースで、僕の次の日に成田着の二人がインフルエンザだったそうです。間一髪)

アメリカに行ったのは久しぶりで、ハーバード大学に講演に行った2003年以来になります。アメリカには、20代のころに何度も建築を見て回っていますので、もうお馴染みではありますし、シアトルにも1回訪れているはずなのですが、遙か昔のことで、今回が初めてのような気分でした。

シアトルは、スターバックスとタリーズコーヒー、そしてイチローのいるマリナーズのことが思い出されますが、現地で案内してもらう際に、実はマイクロソフトも、ボーイング社も、そしてアマゾンもシアトルから生まれた会社であることが、不勉強ながら知るに至りました。そういった経済的な理由のせいか、街の雰囲気はとても良く、小綺麗で、住んでみたいと思えるような緑あふれる環境でした。人口も市内で56万人、広域で380万人という、ちょうど良いサイズです。

ワシントン大学もアメリカの大学の例にもれず、非常にすばらしい環境で、設備も充実しており、キャンパス内の雰囲気は最高です。自分もおもわず学生に戻って勉強し直したい・・・と思ってしまいます。University of Washingtonは、省略してUWと書きますが、これを「ユー・ダァブ」と読むのだそうです。

日本の大学と特に違うのが、ランドスケープや外構まわりのデザインで、メンテナンスもきちっと行われており、散歩するのも、芝生に寝そべるのも、とても楽しめます。

学校内には、教師向けのクラブハウスもあり、大学に着くやいなや、いきなりそのクラブハウスに連れて行かれ、他の先生方と一緒にまずはビールで乾杯の歓迎を受けました。そしてすばらしいのが、このクラブハウスが60年代の近代建築で、非常によくできたプラン、そして窓の先に広がる絶景ともいうべき眺めでした。

僕がクラブハウスに着いたときに、ちょうど曇りから晴れ間が広がり、突如として緑あふれる幻想的な風景、油絵のような眺望が広がり、なんだか、シアトルを好きになってしまいそう・・・と予感させられました。
(つづく・・・)


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シアトル
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クラブハウスからの絶景

三つの○(マル)印
 最近の徒然なる近況報告

2009年4月 6日

200904kinkyo01.jpgWBC2連覇特集号!(©産業経済新聞社)200904kinkyo02.jpg満開の夜桜、4月5日大横川にて

4月に入って新しい年度になりました。今年はどんな1年になるのでしょうか。
実は、建築の設計デザインを手がけてかれこれ15年が経ちました。最近、1年がだんだん短く感じるようになってきたのが気になるところです。

仕事からは脱線しますが、ちょっと自分の中での○(マル)印が三つほどありました。

一つはWBCの日本2連覇。これには感動しました。
あれだけ難しい試合が続くなかで、ついつい見ている方は一喜一憂してしまい、なかなか冷静にはなれません。ところが、原監督といい、イチローといい、なにがあっても平常心を保ちつつ、ついに最後は劇的な優勝をしてしまいました。
しばしその余韻に浸りたいところですが、プロ野球はすでに開幕ですね。

もう一つの○印は、F1の初戦、オーストラリアGPです。
ホンダが撤退してしまったのは、本当に残念でしたが、その旧ホンダチームである、ブラウンGPが、なんと、初戦優勝、しかもワンツーフィニッシュしてしまったのです。

もともとフェラーリの黄金時代を気づいたロス・ブラウンが去年ホンダに移籍してから、初めてゼロから造ったマシンは、すごい戦闘力があるようで、圧倒的なアドバンテージで走りきってしまいました。今年のF1が楽しみです。(昨日のマレーシアGPで、ブラウンGPのバトンが2連勝しました!)

でも、惜しいですね。ホンダがあと1年頑張っていれば、今年は劇的なホンダ・イヤーになったかもしれないのに・・・。とはいえ、金融危機の中、撤退を決断したホンダの英断は、正しいと思います。
幸い、先日発売しはじめたインサイトも好調なようですし。

三つめの○印は、先日、新宿のオゾンで行われたイタリアの家具メーカーであるMAGISの東京ショールームのオープニングに行ってきました。
そこで、3年ぶりぐらいに知り合いに何人か会ったのですが、「痩せましたねぇ・・・」とお褒めの言葉。実は、ここ3年ぐらいかけて、徐々にダイエットしていたのです。トータルすると15キロぐらいでしょうか!(いったい、前は何キロだったんだ?)毎日顔を合わせているスタッフは、だれもそんなお褒めの言葉をかけてくれません。

そんなこんなで、自分の中では、次なる課題は、体力づくりだと思っています。
もともと、学生時代はスポーツマンだった(はず?)ので、体力だけはあると思っていましたが、よくよく考えてみると、ここのところ、いつも車で移動をして、事務所ではコンピュータとにらめっこ。これじゃあ、体力が落ちていきます。

よくお願いする神奈川の成幸建設の宮原社長もブログを公開していて、どうやら、毎日のように走っている模様。あるいは、僕のスタッフも去年から自転車通勤を始めてかなりの体力アップ。最近では、東京中を自転車で走り回っているようです。はたまた、今週から始めることになった住宅のクライアントは、先日、初フルマラソンにも挑戦したとのこと。

なんだか、周りの状況が、僕に体力づくりを促しているかのようです。

ルイガノの自転車を3年前ぐらいに買ったのはよいのですが、ほとんど乗っていません。痩せてきたこともありますし、そろそろピチピチのサイクリング・ファッションが似合うかも(?!)。

暖かくなってきましたし、少しずつ体力づくりを始めようかと思うこの頃です。(田島則行)

銀座ミキモト
 タンカー級の構造物

2009年3月10日

久しぶりに日曜日の午後に、銀座ミキモトの上にあるレストランにちょっとランチをしに行ってきました。

この建物は建築家の伊東豊雄さんが設計したものですが、実は建築の構造としては、かなり大胆なことをやっています。建物の工事ではなかなかできないような方法で造られており、鉄板を溶接で組み合わせて壁を立ち上げ、力の伝わり方を検証しながら開口部をデザインし、いわばタンカーの造船技術を応用した構造物です。

かわいらしい開口部がランダムに開いているようにみえますが、壁そのものが構造体になっていますので、いわゆる「柱」はどこにもなく、これだけの階数(9階建て)がありながら、薄い12ミリと9ミリの鉄板の中をコンクリートで充填し、たった22センチ厚の壁だけでこの重量を支えています。

残念なのは、こういった構造的なチャレンジが、内部空間として生かされていないことです。なかなか、一般の来訪者に、この建物の構造的な面白さをわかってもらうのは、難しいものがあります。

いろいろ諸条件やら、クライアント側の要望なり、調整しきれなかったことが大きいとは思いますが、その構造的な面白さが浮遊感として感じられるような開口部の面白さ、透明感を出して欲しかったと思います。(田島則行)


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木材加工ショールーム見学
 裸足で感触を比較検討

2009年1月26日

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去年のことになりますが、木造のプレカットを行う浜松にあるマルホンの工場へと見学に行きました。

その工場を使ったのは初めてだったのですが、東京近郊にある工場にくらべるとかなり立派な工場で、ショールームもしっかりとデザインされていて感銘を受けました。

プレカットとは、木造住宅における木材を建物に合わせて切り出したり継ぎ手を加工したりする工程のことですが、そういった構造材の他にも、この工場ではオリジナルのフローリングや仕上げ材なども製作しており、それらが広々としたショールームにてすべて展示してあり、はたまた、オーナー社長が世界中から集めてきた木加工の工具やらが展示してあって、会社の強いフィロソフィーを感じます。

特にフローリングの展示がすばらしく、数十種類あるフローリングがそれぞれ70cm x150cmぐらいの大きさで敷きつめられており、裸足で歩いて感触を確かめることができるのです。

いつものことですが、フローリングを扱っているメーカー数は数多く我々もどのプロジェクトでもサンプルをたくさん取り寄せて比較検討します。でも、さすがに敷き詰められるほどの量は確保できません。どの建材でもそうですが、小さいサンプルで見るのと大きく全体に敷きつめられるのでは、印象が全然違うことが多いのです。

そういった意味で、このマルホンの工場に併設されたショールームは最高でした。惜しむべきは、ちょっと遠いこと。関東エリアにもこういったショールームがあれば、もっと頻繁に利用したいと思います。(田島則行)

ガソリン高騰が気づかせてくれたこと

2009年1月13日

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2009年1月11日 明治神宮の森にて

その昔は建築設計の仕事といえば、製図台にてトレーシングペーパーに設計図を書くことだったのですが、今はCAD(Computer Aided Design)で作図します。じゃあ、CADで図面を書くのが設計の仕事かと言いますと、答えは 'Yes & No' 。

建築設計は、1に現場、2に製図、3が打合せ、4に現場。
もちろん、作業としてはたくさんの図面を書くのですが、その図面といえば、現場での打合せや役所との協議、あるいはクライアントとの打合せに使うために作成されるもので、あちらこちらの現場や打合せのために移動していることが多いのです。

移動する先が都内の電車などの交通の便が良いところだけであれば、もちろん電車で移動すれば良いのですが、問題は現場です。毎週のようにあちらこちらの現場にチェックに行きますし、現場は都心よりも郊外の方が確率的にも多く、時には地方に現場があったりします。

そんなわけで車での移動距離が非常に多く、1ヶ月で約1600キロから1800キロぐらい、1年で約2万キロぐらい走ります。
給油も1ヶ月に四回はしますので、1ヶ月で約250リッターぐらい消費する計算になります。

8月〜9月ごろのガソリン価格急騰は本当に困りました。一番高かった時で、都内のガソリンスタンドで200円を超えました。
一生懸命に燃費運転しても、都内では限界があります。せいぜいリッター6〜7キロ。郊外に行くときは9〜10キロぐらいに伸びますが、燃費が良くなったと言って、喜んでいる場合ではありません。長距離を走ればそれだけガソリンをたくさん消費しているわけですから。

幸い最近はガソリン価格も下がり、今では都心でもリッター110円ぐらいに落ちてきました。ほっとひと安心。

しかし不思議なもので、このガソリン急騰から急落を経験し、ガソリン価格が落ちても、ガソリンを消費することには積極的になれません。アクセルもセーブ気味にして燃費運転を心がけてしまいます。

プリウス等のハイブリッドカーや新しい燃料電池車が洗練されて見えるのは僕だけでしょうか。あるいは機動力があって燃費のよい超小型車のスマートや新しいトヨタのIQなども魅力的ですね。

そもそもエネルギー問題は今に始まった事ではありません。人類が過大なエネルギーを浪費し環境に負担をかけ続けてきたという、そんな根本的な地球レベルの問題にあらためて気づかせてくれたのが、このガソリン高騰劇でした。(その原因は投機的資金の流れだったとしても...)

今後はエネルギーをいかにセーブしてエコロジー度の高い暮らしをしていくかが、理想論ではなく現実的な選択肢として具体化していくことが不可欠になり、住宅や建築においても急速に一般化していくでしょう。

もちろん、今までも太陽光発電などの設備はありましたが、初期設置費用があまりに高く、多くの場合は現実的な選択肢にはなりませんでした。
でも、今後は補助制度も充実してくるでしょうし、生産コストも普及が進むに従って下がって行けば、ローコスト住宅でも採用可能になると思います。

機械的な設備を付加するだけではなく、真の意味でエコロジカルなライフスタイルに合致したデザインを生み出していけるかが今後の大きな課題です。(田島則行)

2008年を振り返って
 100年に一度の変革期

2008年12月26日

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2008年の初日の出(葛西臨海公園より)

年末・師走はやっぱりなんだかんだと、忙しいですね。

最近、人と会うたびに、「ブログを読んでいますよ!」と声をかけてもらうことが多くなりました。雑誌や本は書いたことがあるけれど、ブログというメディアは思ったよりも難しい・・・。試行錯誤しながら書いています。
でも、面白いのは、書くことによって自分の立ち位置や考えが明確になっていくので、やはり考えを「書く」というのは、自分の創作活動にとっても、とても大事な事だと思います。

さて、このところ他の建築家やら様々な人たちと会って飲みながら話しました。

どこでも同じでしょうけども、話題になるのは今の経済状況のこと。そして、次にディベロッパーや建設会社の倒産の話です。知り合いの方々で、その荒波をもろに被ってしまった人たちも多く、心配は絶えません。

とはいっても、我々はこの不況を乗り越えなければなりませんから、酒宴は2009年の展望を探り合うような展開になります。

さて、困ったことにここで話題が途切れます。

2009年の展望が見えないのです。麻生総理や自民党政治は迷走しているし、アメリカの経済はもっと酷いことになりそうだ。あるいは、中国の回復の方が早そうだけど、1年ぐらいは停滞するかなぁ・・・とか。思わず暗くなりますね。

でも、不思議なことに、色々な人と話すたびに、僕はなんだか元気になってきました。

みんなそれぞれ、自分の分野で自分の方法論で戦ってきた人たちですから、そのエネルギーをもらえたし、また、よくよく考えれば、リーマンが破綻した9月10月ごろの世の中に蔓延した、原因を掴めない底なしの不安感に比べれば、今はだいぶ原因の解明も進んで、なにが問題だったのかははっきりしてきました。だから、それに対してどう対処したらいいのかが、少しずつ見えてきているように思います。

2008年は本当に激動の1年でした。それは、世の中が大きく変化するための準備期に入ったのだと思います。そして、この100年に一度の変革期を乗り越えて、我々はこれからの自分たちの進む道を模索しながらも、力強くかつ辛抱強く進んでいきたいと思います。

幸い、こんな不況の中でも、今月も新しい仕事がいくつか成約しましたし、問い合わせてくださる方々もいらっしゃいます。また、年末に飲んだ仲間達とも新しい展開をしようとコラボレーションの話も進めていこうと思います。

今年の業務は26日までですが、一週間の休みで鋭気を養い、2009年に備えたいと思います。皆様、良いお年を!(田島則行)

高岡におけるデザインプロジェクト始動

2008年11月26日

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去年から、何回か富山県の高岡に行ってきました。
知らない人もいるかもしれませんが、実は高岡はモノづくりやデザイン関係の人たちにはとても魅力ある地域です。

金属製品の産地としては江戸時代からの伝統をもっており、400 年の歴史があります。アルミサッシメーカーのような大量生産の工場から、詳細なディテールの仏具を創り出すような人間国宝の職人まで、金属製品においては高い技術に支えられて発展してきました。

とはいっても、実は高岡の将来は安泰ではありません。

日本のどの地場産業に言えることですが、世の中が急激に変化し生産体制や流通の仕組みが大きく変化しており、高岡のような歴史的文脈がある地場産業は、「歴史」が重くのしかかってくる一方で、グローバル化する世界マーケットの競争に巻き込まれて、そのアドバンテージが失われていく危機に直面しています。

そんな中で、いかにして高岡の産業を再構築できるのか・・・。

大きな課題ではありますが、小泉誠さんが関わったプロジェクトなど、いくつかの成功例も出てきており、地元の人たちのやる気もまだまだ健在なのが頼もしく思います。もちろん、不安とやる気が入り交じった複雑な状況ではあるけれども、だからこそ、やり甲斐もあると思のです。

これから3年ぐらいをかけて一大プロジェクトとして、高岡「発」の魅力を引き出していけるよう、頑張ろうと思います。

このプロジェクトの姿形がはっきりと見えてくるまでは、まだまだ時間がかかると思いますが、ぜひ、その姿を1日も早く皆さんにお伝えしたいと思っています。
時々また、続報をお伝えします。(田島則行)

グッドデザイン賞受賞!

2008年11月 4日

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Esq広尾がグッドデザイン賞を頂きました。

大変嬉しいことです。
グッドデザイン賞は前にも頂いたことがあるので、今回で2回目になります。
じゃあ、2回目になると、喜びは半減するかというと、実はそうでもありません。
じゃあ今回の方が嬉しいかと言われると、それもそうでもありません。
どちらも、その時々の嬉しさがある・・・。とでも表現できるでしょうか。

なんだか歯切れの悪いコメントをしているのは、我々の仕事特有の時間感覚が関係しているように思います。

建築の設計は、小さいモノでも1年ぐらいはかかります。すぐに結果がでるスポーツとかオリンピック等とは違って、できあがってからずいぶんと後になって賞をいただくので、いつもそうですが、なんだか実感がわいてきません。

「そうか、賞がとれたか・・!よかったよかった!」と思うのですが、賞を頂いたときには、すでに別の進行中のプロジェクトで頭がいっぱいだったりするのです。

よくよく考えてみると、僕らの仕事はいつでも、こういった時間差があります。

Esq広尾が竣工したときも、夜、誰もまだ使っていない空間をうろうろとしながら、その設計当初からの苦闘や戦いを思い出しつつも、無事竣工できたことで張り詰めていた責任感がすこしずつ解けて、ぼーっとしながら、肩の重みが少しずつ楽になってきたのを、思い出します。

最上階のテラスに佇み、深呼吸してしばしその感慨に浸りますが、次の瞬間には、その時の新しいプロジェクトに向かわなければなりません。
ビルの最上階のテラスで、小さく、ひょいと手をあげて、「よく頑張った・・」と自分に言い聞かせて、また、歩き出すのです。

今週の木曜日は、グッドデザイン賞の表彰式です。その日だけは、気分はオリンピック選手ということで、プロジェクトに参加したスタッフやコラボレーター達と一緒に盛り上がってこようと思います。
そして、このプロジェクトを支えてくださったすべての方々に、この場をお借りして、お礼を申し上げたいと思います。

本当にありがとうございました。今後も、これを励みに頑張っていきたいと思います。(田島)

経済不況と日本の将来 II
団塊ジュニア世代と消費マインドの後退

2008年10月 6日

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ホンダFCXクラリティ、燃料電池車


今、気になっているのは、今の30代から20代の団塊ジュニア達の動向です。上の世代達のマーケットプランナー達は、この人口の多い世代に大きな期待を描いています。その後は人口はどんどん尻すぼみになりますから、ある意味、最後の経済バブルの原動力となる世代と期待されているのです。

ただ、いろいろと話を聞くなり、あるいは調査データを見ると、その期待は大きく外れる、あるいはもうすでに外れようとしているように、見受けられます。というのも、彼らはそもそも、バブル崩壊後に育った世代であり、消費行動も慎ましく、貯蓄に走る傾向があるからです。

僕自身は1964年生まれですから、実際に社会に出たのはバブル崩壊前後の世代です。ですので、ある意味、不景気の中で堅実にやってきた世代であった・・・と思っていたのですが、どうも、団塊ジュニア世代と話をしていると、彼らに比べれば僕らはまだまだ、堅実というよりは、バブルっぽい傾向がまだ残っているようなのです。

最近のガソリン高騰を受けて、ここのところ、ガソリンエンジン付きの車とかバイクに、急に違和感を感じ始めています。子供のころから、あれほど車やバイクが好きだったにも関わらず、最近は燃費運転を心がけ、いっそのことハイブリッドのプリウスやホンダの燃料電池車に乗り換えようかとも思うぐらいです。ですので、僕の心の中にあった「ガソリンエンジン付きの乗り物」に対する情熱が今、静かに燃え尽きようとしています。

でも、この情熱ってどこから来たんだっけ? いつからだろう・・・と思って、ハッとしました。

僕らの世代は、ある意味、我々の父親の世代の経済発展を間接的に体験していました。夢ときめくモーターショーや、スーパーカーブーム。年齢を増すごとに豪華になる車と住宅。年々モデルチェンジする自動車や家電に囲まれて育ったのが、我々の世代です。そしてバブル崩壊を横目で見ていたとはいえ、実際にはその直接のダメージを受けてなかったこともあり、自分で自覚しないところで、その「右肩上がり」神話がまだ深層意識の中に密かにくすぶっていたのでしょうか。

そして、その発展イメージの象徴がもしかしたら「車」だったように思います。

年齢が上がり、給料があがったら、大きい車に乗り換える・・・。これって右肩上がりの発想でしょう? そういえば、団塊ジュニア世代は車に興味がないらしい。そうか、彼らはこの右肩上がり体験を共有していないものね。僕らの世代みたいに「車」に特別な"輝き"を感じないんだね。たぶん。

そういうわけで、深層意識の鱗が落ちかけているこのごろです。最近は小さい車やハイブリッド車が格好良く見えます、笑。(田島則行)

経済不況と日本の将来|
不動産ファンドバブルの崩壊

2008年9月29日
ついにリーマンブラザーズも破綻しました。アメリカ経済は急激に悪化しているように見受けられます。日本でも大きな影響がでています。サブプライム不況やら建築基準法の法改正不況やら、あるいは最近の不動産不況など、様々な問題が目白押しです。はたまた年金問題やら、世界大恐慌の気配まで感じられます。

残念なことに、都市デザインシステム、そしてリプラスが破産しました。幸い、今は彼らと進めているプロジェクトもなく、我々には何ら直接的な悪影響はありません。

とはいえ、都市デザインシステムの梶原さんとは、同じ年でもあり、クラスカを立ち上げる前に、その方向性について話し合ったこともありました。また、神田の街づくりのために講演に協力していただいたこともありました。

リプラスに至っては、彼らが創業した6年前からいくつかプロジェクトを一緒にやりました。リプラスが創業時はたった5人の会社で、30代になったばかりの姜さんが不安そうな表情で相談に来られたことが懐かしく思い出されます。その後の活躍は皆さんご存じの通りですが、それぞれ、今後の活躍を期待していただけに、たいへん残念な結果です。

一方で、急激に下落しつつある不動産をあらたに買い出した新手の不動産投資家も現れ始め、我々のところにも、デザインの企画や計画提案などの依頼も入ってきています。

今、都市や建築、そして不動産を巡る経済状況は、めまぐるしくかつ大きく変化しようとしています。今までのメインプレーヤーが主役の座を追われ、そして新しいプレーヤーが登場するのでしょう。ある意味、過去2年間の不動産の高騰は、過剰な高騰であり、「バブル」であったと言わざるを得ません。

極端なキャピタルゲイン狙いの「投機」は形を潜め、今後は堅実なインカムゲインによる不動産開発に比重が置かれるでしょうから、ある意味、正常に戻ったともいえるのかもしれません。

ただ、今回のこの不況はアメリカ経済や中国経済の動向にも大きく影響されるだけに、今後の動きが読み切れません。今後も慎重に経済状況を見極める必要があります。(田島則行)

iPhone とApple のデザイン

2008年9月 3日

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ずっと我慢をしていましたが、ついに、iPhoneを買ってしまいました。

表参道での発売時の行列を横目に、発売当初はいろいろバグや問題も多いだろうから半年か1年ぐらいは待とうかな・・・と構えていたのですが、出雲で山代さんに見せられてから、ついに我慢できなくなり、東京に戻ってから近くのソフトバンクに電話すると・・・「在庫ありますよぉ」と悪魔のささやき。で、買ってしまいました・・・。

そんなこんなで、半月ばかり使っていますが、iPhoneは想像以上に最高です☆(細かい問題はさておき・・)

実は、普段の仕事でも、ずっとアップル・コンピュータを使っています。
特に、スティーブ・ジョブスがアップルに戻ってきてから、インターフェースとデザインとコンセプトが統合されて、アップルは昔に比べて、ずいぶんと良くなったなぁと、僕も同じデザインをする身として感心していました。

とにかく、デザインがシンプルでスイッチが少なく、そのシンプルさが単純でわかりやすいことが使いやすさにつながっている。また、いろいろな場面やシーンでの空間とのマッチングがとても良いこと、だからそれは、いろいろな個性やファッションとの相乗効果でライフスタイルを喚起すると思うのです。

で、iPhone を使ってみて・・・、どうかって?
うん。これって、やっぱりただの携帯電話とは違う・・・。
考え方としてはiPodと同じなんですが、それがさらに進化しているというか・・・。
うーん。説明が難しい。

自分の使っているコンピュータと完全シンクロして、小さいiPhoneに詰め込んで、それを持ち歩ける・・・、つまりモバイル・ビューアーだと思うのです。でも、今までのPDAや携帯電話とかと違って、さすがだなぁと思うのは、iPod的な割り切りがされていて、データを加工したりいじったりするのは、コンピュータの上で行って、iPhoneの上では、主に見たり聞いたり、簡単な操作をしたりできる程度・・・ってことなんですよね。

僕のコンピュータにある音楽データやスケジュールデータ、それからtodoリストや写真、あるいはアドレスなどなど・・・、仕事で必要なデータなどはすべてiPhoneでチェックできるから、重い15インチのMacBookを持ち歩かなくても大丈夫になったのです。

しばらくは、iPhoneと人生を共にしようかと・・・(笑)(田島)


追伸:OmniFocusというソフトが僕の仕事の仕方を一変させました。todoリストとプロジェクトマネジメント用アプリケーションの両方の機能があって、操作は単純化されて使いやすい。これがiPhoneとコンピュータ上の両方でシンクロします。脳内がクリアに整理整頓される感じがたまりません。

縮小する日本・出雲ワークショップを終えて...
CitySwitch プロジェクト

2008年8月19日
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出雲大社
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木綿街道でのインスタレーション1
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議論を交わす参加者
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商店街のプレゼンテーション
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木綿街道でのインスタレーション2

 ニュースでもお知らせしましたとおり、8月3日から9日まで、出雲でワークショップを行いました。北は山形から南は福岡、そしてオーストラリアからはシドニー工科大学からもたくさんの学生があつまり、出雲の街から三つのサイトを選び、毎日・毎日歩き回り、毎日・毎日議論を交わし、街を良くしていく方策を考え、最後には提案をするというものです。

以前はこういったワークショップを毎年のように行っていましたが、自分の仕事が多忙になってきたために、ここしばらく、ワークショップ活動は自粛(?)していたので、こういった「暑い夏(汗;)」は久々でとても楽しめました。

地元の建築家の方々などがホストを務めてくださり、街の人々との話し合いや交流もスムースに行われたのもあり、街の実情が身近に感じることができました。また、学生達も普通の観光旅行とは違って、そういったリアリティを肌に直接感じることができて、机上の勉強では得られない都市や街の面白さと難しさを同時に感じたことでしょう。

 今回、学生を指導をする講師として参加させていただいていますが、実はこういったワークショップに参加することによって、より多くのことを得たり勉強させてもらっているのは、もしかしたら、学生よりも講師の方かもしれません。

サブプライム問題やガソリン高騰の煽りを受けて、日本全体、あるいは世界全体が大きく変わろうとしている事を常に感じてはいましたが、出雲でそのことを、ここまで強く意識するとは、思いもよりませんでした。

 たとえば、不動産ファンドのバブルが今弾けようとしており、ディベロッパーが右往左往する一方で、高齢化社会の年金問題が毎日のように叫ばれています。政治の問題も、経済の問題も、コミュニティの問題も、様々な起こりつつある現象が、一見個別にそれぞれの理由があって発生しているのでしょうが、実は、政治や経済や都市といった分野の違いを横断するように、今までの通底する共通概念が壊れつつあり、古い世界観と新しい世界観のせめぎ合いが今日の混乱を生み出しているのかもしれません。あるいは、90年代以降の十数年で世の中の潜在的な構造が根底的に変わってしまった、といっても過言ではないのでしょうか。

 じゃあ、そんな問題がどう「都市」や「街」に影響を与えるのか・・・。見えにくい問題でしたが、実はかなりのところ、もう現実的な問題として目の前にあることが、大きく自覚できた旅だったように思います。

 一緒に同行しました東大の大野教授の主張するのは、「シュリンキング・ジャパン」つまり、人口が縮小し、右肩上がりを前提とした発展のシナリオを描ける時代がすでに終わってしまっているということです。人口構成も変わり、お年寄りの方々が人口の40%以上になり、各地方自治体の存在感も縮小していくという時代において、では、都市や街はどうやって再生していけるのか。 大手量販店やスーパーの進出によって地元の商店街の賑わいは失われ、シャッター通りと化した商店街の人たちと議論をしながら、出口の見えない不安を感じずにはいられません。

 人口の増加と成長を前提とした経済活動が終わりを告げているからこそ、そこからの税金を当てにした自治体の都市・街づくり行政は、根本的にやり方を変えない限り、未来はないのは明白です。

 結論はでませんが、どちらにしても、今後の出雲の未来に貢献できるようにしたいとも思いますし、実は出雲の問題が、出雲だけでなく、日本全体のどの都市や街にも起こっている共通の問題である、ということが大事なように思います。これをきっかけとして、さらに注意深く世の中の動きを見守りつつ、自分なりに新しい世界観はどうあるべきか・・・都市や街はどうあるべきか・・・を考えたいと思っていますし、また、何らかの形で引き続き関わっていきたいと思っています。(田島)

都市の涼風:シエスタのある街

2008年8月 5日
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毎日、暑い日が続きますね。 夏にはもともと強い方だったのですが、さすがにこれだけの暑さになると、バテます。
スペインのように長〜いお昼休みでもとってシエスタと洒落こみたいところですが、日本ではなかなかそうも行きません(残念・・)。

エアコンの使用比率が上がり室外機からの放熱やら、道路自体が太陽の熱と車などの熱をうけて温度上昇が著しく、それらが籠もることによってヒートアイランド現象が引き起こされます。特に東京でも山手線の内側においてはその傾向が強く、フェーン現象かとおもうような暑さで参ってしまいます。

これがたとえば湾岸地域や江東区や江戸川区の方にいくと、ちょっとようすが変わってきます。東京湾や川の水は、夏は気温より低く冬は気温より暖かくなっていますので、こんな暑い日が続くときには、隅田川を越えて東にいくと、あきらかに体感温度が低く感じます。特に川の上を横断するときには、涼風が感じられ、夏の情緒を感じます。さらに周りに大きな公園があれば、緑や木々自体に温度を下げる効果がありますので、かなり涼しく感じます。

住宅でも都市でも、鍵になるのは風の通り道です。そして自然の摂理として、風が通り抜けやすくなっていれば、マンションだって、住宅だって、あるいは都市だってもっと過ごしやすい場所になります。

高層ビル群が風の「壁」を作ってしまったのはご存じの通りです。特に汐留一帯の再開発は高層ビルが寄り添って林立しているために、東京湾からの風がせき止められることになってしまい、新橋一帯は熱が抜けにくくなってしまいました。

都市という全体は、様々な因果関係が相互に補完し合って成立しています。特に大規模開発においては、周囲の環境への影響を十分に考慮して計画してほしいものですが、実際には、経済原理を優先した規模の論理、規模の欲求がまかりとおってしまい、湾岸から内陸への風の道をふさぐように高層ビル群が建ち並んでしまったのは、大変残念な結果です。

せめて、風の抜けを「整流」するような仕掛けとして高層ビルのデザインをしてもらえれば、多くの人がその恩恵を受けられると思うのですが。(田島)

海と太陽とビール・・・、
TBS(2時っチャオ)の撮影

2008年7月22日
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Sliding Houseから見える富士山

一昨日の日曜日は、江ノ島方面までドライブに行きました。逗葉新道から回り込んで、海沿いの道をひたすら江ノ島に向かいます。海の家やらパラソルがビーチ沿いに並び、ほんとうに快晴の海水浴日和です。

 でも、こんな気分で向かったのは、江ノ島でもビーチでもなく、以前に設計をしたSliding Houseです。
 実は、明日(7月23日)にTBSの「2時っチャオ」にこの住宅が紹介されることになり、現地でインタビューがあるということで、休日返上で江ノ島近くまで来たという訳です。
 着くやいなや、みなさん炎天下の下で汗だくになって撮影しています。僕のインタビューは、オーナーさん達と一番上のテラスに腰掛けての撮影となりました。
 たぶん数十秒に編集されてしまうとは思いますが、久しぶりに自分の設計した家を訪れて、設計していた当時の話をしたり、オーナーさんの楽しそうなお話を聞かせてもらえると、感無量です。なにしろ、6メートルの高さの崖が敷地内に横たわっているという難易度の高い敷地でしたから、オーナーさんが土地を買った頃のやりとりや、設計がスタートしたばかりの頃の検討などをしみじみと思い出しました。
 その日は富士山は見えませんでしたが、この最上部にあるデッキは富士山も見渡せるほどの絶景です。ビールでも飲んでくつろぎたい気持ちでしたが、撮影もそのまま続行していましたし、後ろ髪を引かれながら現地を後にしました。

 明日の2時から放送ですので、お時間がある方はぜひ、ご覧ください。(田島)

>>2時っチャオへ
>>Sliding Houseへ

都市を彷徨うスペクタクル(新丸ビル)

2008年7月15日
200807shinmaru01.jpg 新丸ビルエントランス spacer 200807shinmaru02.jpg バーやレストランが集まる7階

 最近、機会があって新丸ビルに2回ほど飲みに行きました。ロンドン時代に事務所にも遊びに行ったこともある、母校の大先輩のマイケル・ホプキンスのデザインです。彼はクラッシックなプロポーションの建築を志向していますが、細部を見るとイギリスならではのハイテックで執拗なディテールのデザインをしますし、鉄のデザインがとても旨いです。

 ロンドン時代、AAスクールの同期でホプキンス事務所で働きながら勉強をしている仲良しが二人ほどおりまして、よく金曜日の夜は飲み明かしました。その当時ホプキンス事務所では、テムズ川沿いに二つのドラム缶(?)のようなチューブによって浮いてそれに格好いいリビングルームを乗っけたようなボートを設計して造ってしまったらしく、ボートパーティにも行ったのが懐かしく思います。テムズ川向こうにはライティングアップされたビッグベン。後ろには、バターシー発電所後が見渡せました。その友人だったか友人の友人だったか忘れましたが、そのチューブの中がベットルームになっていてそこに住んでいまして、湿気が全く抜けない構造だったのか耐えられないほど汗臭かったのが思い出されます。おっと、話しが脱線してしまいました・・・。

 新丸ビルは、なかなか良くできていました。オリジナルデザインのスチールパネルといい、サッシといい、実情を聞いたわけではありませんが、かなりのところホプキンスは思い通りにやらせてもらえたのでは・・・と感じました。あのディテールへのこだわりと全体プロポーションへのまなざしは、西欧的なクラッシックでありながら現代的センスに満ちていて日本の大手事務所には真似できないんだよなぁ。まあ、自分のデザインとはまるっきり違いますが、空間的なプロポーションは参考になります。

 他に感銘をうけたのは、バーやレストランが集まる7階です。ここはホプキンスのデザインではないと思いますが、通路を通路として使わないで店からはテーブルやイスがみ出すことを前提にしてデザインされていました。配置が良くできていて、廊下を歩いていると突如として他の店の真ん中に入ってしまったかのような錯覚をおこします。歩き回るとまるでどこかの路地裏に入ったような親近感です。これだったら何軒かはしごしたくなるような造りですねぇ。テラスに出て飲んだり食べたりできるのも良かったです。

 日本の居酒屋やレストランというのはチャージとかがあったりして席に客をくくりつけ自由を奪う傾向があるし、空間的自由度がない。僕としては飲むのならイギリスにあるパブの形式(みんな立って飲んでいる・・・)のほうが好きですね。友人ともいろいろ話しやすいし、流動的に彷徨いながら隣の見知らぬ人と盛り上がったりと、飲む=彷徨う=意外な展開=スペクタクル(※シチュアショニスト・インターナショナルですね・・・)が懐かしいです。

 そんなこんなで、とっても楽しかったから、僕は新丸ビルはしばらくは二次会会場として使わせてもらおうかと思います。(田島)

地震について思うこと

2008年7月 3日
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Esq広尾の構造解析図

 四川地震が起きたと思ったら、今度は岩手地震です。
建築を設計する立場にある我々にとっては、地震にどのように対処するかは重要な命題です。ご存じのように、姉歯事件以来、構造に対する状況はすっかり変わってしまいました。

 自分のスタンスとして、もともと構造をかなり工夫して設計するタイプでしたから、構造的な強度は確保しつつも、キャンティレバー(片持ち梁)や大スパンの構造だったり、あるいは架構方法を工夫して空間的な良さやおもしろさを引き出すようにしてきました。だから構造をどのように工夫しているかを、いつもクライアントには一生懸命説明していたんです。でも、その専門用語の並ぶ説明に姉歯事件以前はどのクライアントも上の空・・・だったのに、最近は皆さん、とても熱心に聞いてくださいます。そういう意味では、皆さんが一般常識として構造に興味を持ってくださるようになったのは、プラス効果でした。

 ただ、問題は役所の対応です。去年の6月の法改正以降、構造的に工夫をしすぎると適合判定というプロセスが必要になってしまうのですが、新法の実行体制の整備が遅れていたために適合判定員の人数が十分でなく、ものすごく長い時間がかかってしまうのです。結果として、時間的な制約のために、構造をオーソドックスに納めざるをえないようなプロジェクトもでてきてしまいます。これは大きなマイナス効果です。
 どちらにしても、我々としては、やっぱり安心して住んでもらいたいというのが第一ですから、どんな条件であれ法定基準に則った耐震強度よりも最低でも1.5倍以上の強度を確保するように努めています。

 実は岩手中部に我々が設計した住宅があります。岩手での地震の直後に心配になって電話してみましたところ、「全然大丈夫です〜、被害といえば、こけしが棚から落ちたぐらいかなぁ・・・。」とのこと。ホッと一安心です。(田島)

掘っ立て小屋と極上のお肉(スタミナ苑)

2008年6月28日
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スタミナ苑外観
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焼肉煙仕上げ?

 今日はちょっと脱線して、食べ物の話しです。
先日、足立区鹿浜にあるスタミナ苑に行ってきました。知っている人は知っていると思いますが、焼き肉では常にナンバーワンの有名店です。今回で二回目だったのですが、そもそも、友人がいつも行っていると言うことで、冷やかし半分で行ってみたのが最初でした。4時半開店ですが、3時半前に行かないと長蛇の列ができているということ。駅から遠い利便性の悪いところにあるということ。3時半を過ぎて並ぶと、二巡目になってしまうこと(!)そしてなにより、築50年はいってそうな、傾いた掘っ立て小屋(失礼!)のような建物なのです。机は平らじゃなくて、水勾配がついているし・・(笑)

 正直、焼き肉は嫌いじゃないですが、そんなに大好きな方でもなく、あまり期待していなかったのですが・・・・。行ってみてびっくり。めちゃくちゃ美味しいじゃないですか。肉が新鮮なんだろうと思いますけど、臭みが全くなくて、柔らかくて、ほんの少し焼いて思いっきりレア状態でたべると、もう、肉がとろけます・・・。ホルモンも歯ごたえが柔らかいし、テグタンスープはよく煮込んであって、トロトロのおいしさです。目から鱗です・・・。

 しかし、これだけ建物がボロいと、ボロいことが気にならなくなってきます。全体的に総じて小綺麗にはしていますが、天井とか壁は焼き肉の煙で燻された「焼き肉煙仕上げ?」状態で、なんとも味があります。店員さんも一生懸命だし、ものすごい古いというか普通の安っぽいテーブルとかイスも、なんだかマッチしています。ある意味、生活感の固まりのようなインテリアなんだけど、行くとこまで行っちゃってるので、強烈な非日常・エンターテイメントですなぁ。

 スタミナ苑を初めて食べて以来、いろいろなところで焼き肉を食べてみましたが、かなりの有名店に行っても、あのおいしさは味わえなかった・・・。唯一、かなり良い線いってるのは、森下の静龍苑が、お肉はかなりスタミナ苑に匹敵します・・。どちらにしても、必見の価値あり・・・、ぜひ、お試しあれ・・・。(田島)

マンションというビルディングタイプの危険II
(バラバラ殺人事件・・・)

2008年6月14日
(・・・つづき)でも、最近のマンションはまさに、「気配」を消す方向に設計されています。
向かいのマンションの窓の光は見えるけど、隣の部屋の窓の光は見えにくいし、気配は感じられない・・。マンションの外廊下に面した各玄関ドアの向こう側は、社会からはまったく遮断された空間になっています。だから社会性の欠落したプライバシーが増幅してしまうように思います。たとえば、マンションでは廊下で突然だれかと出会っても、とても唐突なので話しかけるのがとても難しい。逆に妙になれなれしければ、例の殺人事件もあって、警察に通報されてしまうに違いありません。

 でも、考えてみてください。昔ながらの古い住宅街で、ちょっと顔を合わせて挨拶したり、立ち話したり、そういったことが、不安感になりましたか? むしろ、それこそが大きな安心感だったように思うのです。

だから、こういった「コミュニケーション」の違和感を緩和し、今の時代のプライバシーは確保しつつも、もっともっと安心感のある集合住宅の新しい形式を探し当てたいと思っています。(田島)

マンションというビルディングタイプの危険I
(バラバラ殺人事件・・・)

2008年6月10日
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 昨今の殺人事件が尋常じゃない。先日、秋葉原での殺人もすさまじかったけど、僕が心配しているのは、バラバラに切り刻んでしまうような、マンションで起こる殺人のことです。

去年(だったかな?)渋谷で起きたセレブ妻殺人事件だったり、あるいは先日起きた江東区潮見でのバラバラ殺人事件。どちらも新しい小綺麗なマンションで起こっており、こういったマンションがもつ空間形式が、人々の精神やコミュニケーションに対する感覚に歪みを起こしていると思うのです。

 そもそも、街には気配というのがありました。もちろん、直接顔をあわせて挨拶をしたり会話することがコミュニティにとっては重要だけど、それよりもなによりも、お隣さんやお向かいさんの「気配」を感じられることが、人々の「社会」という潜在意識にものすごく有効だったと思うのです。となりの家の電気が付いたり、庭で作業をしていたり、あるいは子供達が遊んでいたり、道を介した「気配」が、人々の社会的コミュニケーションのきっかけをつくっていたと思うのです。(つづく・・・)(田島)

土地価格の下落!

2008年5月27日
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最近、住宅の設計の依頼が増えてきました。
一昨年から去年にかけて、東京近辺では土地が高騰していたせいもあってか、なかなか個人の戸建て住宅は難しいものがありましたが、ここ数ヶ月、土地の値段が下がったのだそうです。

世界全体が不況になっているから、銀行やら不動産ファンドやらが元気がなくなっており、今までは強気の地上げを行っていましたが、それも難しくなり、都心部においても夏以降には大きく下落するのではないか・・・などという予測も聞かれます。

この「調整局面」は必要不可欠なものだったんだと思います。逆に言えば、戸建て住宅を建てたい方やあるいは個人投資家の方々、これからがチャンスだと思います。自分的にも、そろそろ自邸でも建てようかと、考え始めました(笑)(田島)

横並び不動産業界の体質・・・II

2008年5月16日
(・・つづき) まったくもって、日本の不動産業界は「横並び体質」なのです。

これは、まるで6〜70年代のデトロイトのようです。各マンションのプランはみんな一緒なのに、いろんな仕上げや見た目を変えて、目新しく仕立て上げて販売を少しでも有利にしようという営業戦略の過当競争は、まるで昔のアメ車のよう・・・、と思いませんか?

でも、結果としては、それだけ差別化に頑張っても、結局、全部同じに見えてしまうのは、皆さんご存じのとおりですね。だって、コンセプトもターゲットもプランも、多少の違いがあれど、ほとんど一緒なのですから・・・。(田島)

横並び不動産業界の体質・・・I

2008年5月13日
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ものすごい数の分譲マンションが売れ残っているそうです。
立地も条件も価格も良いところでも、売れ残りがあり、さらにはちょっとでも価格設定が悪いとか立地がわるいとかなりの数が売れ残ってしまうそうです。

そもそも、2003年問題といわれたオフィスの供給過剰の時も、不動産ディベロッパーはみんなそろって、オフィスビルを建てていたと思ったら、あっという間に新築マンションブームで、どのディベロッパーも競ってタワーマンションを建て始め、ここ5年で東京のスカイラインは一変し、今度はマンションの供給過剰です。(呆・・・)(つづく・・・)(田島)

重〜いサブプライム不況・・・II

2008年5月 1日
(・・つづき) 景気が良いと、だれもが勝ち組になれるから、人々は頭を使わなくなると言います。 でも、不況時には、知恵と創造力が必要です。
そういう意味でも、この厳しい時期は、われわれにとっても、非常に良い機会になるなぁと、ポジティブに捉えることにしました。

また、この不況を境にして、その前と後ろでは、おそらく、社会構造も業界構造もまったく違ったモノになっているのではと、感じます。そういう意味でも、これからは、今後の20年を視野にいれたコンセプト・ストラクチャーが必要だと、今は考えに考え、悩みに悩んでいる最中です。

そういえば、90年代初頭にもこんな時期があったっけ・・・。(田島)

重〜いサブプライム不況・・・I

2008年4月27日
去年の6月からの法改正不況が大きく陰を落としていたと思っていたら、途中からそれがサブプライム問題というさらに大きくなって金融・不動産業界に陰を落としています。

そしたらさらにガソリンや穀物の高騰という事態に陥り、それが消費者の買い控えを招いて、はたまた、物販・飲食業に大きな陰を落とし始めました。

このエンドレスな悪循環は、正直、去年の今頃は想像すらにしていませんでした。
日本はもっとしっかりと好況維持ができると思っていたし、法改正問題も、建設業にちょっとした影響を与えるぐらいで回復できるのではないかと、楽観的でした。だから、この事態を正しく認識できるまで、時間がかかってしまいました・・・。(つづく・・・)(田島)

タワーマンションって大丈夫?・・・II

2008年4月20日
(・・つづき) つまり、タワーマンションは、既存の街を壊してしまうのです。街のスケール感からあまりにも逸脱したタワーマンションが、道を通した街の繋がりを分断してし、既存の街とは相容れることのないスケール・ギャップが痛々しいです。

もう一つ心配なのは、心の問題です。個と社会、住まいと街の関係が遮断されてしまっているから、街との繋がりが生まれにくいし、個人個人の孤独感が強まり、社会的に乖離されたものになりやすいのです。高層階にすむと、母と子供の関係が難しくなるという話しは、心理学的にも証明されているようです。

新しいうちは、あまり目立たないかもしれないけれど、ちょっと古くなったときが大変心配です。
ヨーロッパでは、70年代に建てられた高層タワーマンションはことごとくスラム化しました。二の舞にならないことを願います。(田島)

タワーマンションって大丈夫?・・・I

2008年4月18日
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そもそも、タワーマンションというのは、不動産的な営業戦略が融合した建築タイプです。

住む人や街のことを第一に考えたものではありません。
眺望を確保する代わりに、北向きや西向きでも販売価格を高く維持でき、さらには、全周を眺望バルコニーで囲うことにより、同じ床面積であれば、外壁面積を最小にできます。

そして、周りに空地を設けることによって、容積率の緩和をうけて高層化するわけです。ですから、ディベロッパーにとっては、とても事業性の高いものになります。これに味を占めたディベロッパーがみんなそろって創り出すのもわからなくもありません。

だけど、タワーマンションのデメリットは隠せません。(つづく・・・)(田島)

ガソリンの高騰

2008年3月10日
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最近の不況、一番我慢できないのが、ガソリンの高騰。

もともと、モータースポーツが大好きで、物好きが高じて若い頃は車でサーキット行ったり、A級ライセンスを取ったり、あるいは4年前には、ゆっくりのんびり走ろうと思って買ったイタリア製のVツインのバイクでも、結局サーキットで目を三角にして走ってしまいました。

でも、こんなにガソリンが高騰してくると、ちょっとアクセルは踏めません・・・。
ほんとに車の維持費もバカにならなくなってしまいました。なので、バイクは売却してしまいましたし、しばらくは車でエコ運転を心がけようかと思っています。(正直、急にプリウスがかっこよく見えてきました、笑)

F1もそのうち、ハイブリッドになるんだろうな、きっと・・。(田島)

表参道の商業ビル

2008年2月12日
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奥行きのある地下空間

表参道の裏通りに商業建築のプロジェクトが刻々と進んでいます。年始早々に上棟して以来、工事は着々と進み、今は最後の山場を迎えています。外壁等もできあがってきています。

地下1階地上2階という比較的小規模な商業施設とはいえ、天井高や階高をたっぷりととって、奥行きのある空間からは、最高の空間プロポーションが見えてきています。

立地としては、決して最高の場所とは言い難いですが、この建物、この空間ができあがった時には、その空間スケールのもつ奥行きが付加価値として生かされるようにと思っています。

さて、そろそろテナントも決まりそうです。どんなところに使っていただけるのかが楽しみです。(田島)

新幹線モバイル

2008年1月13日
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ここ1年ばかり関西に行くことが多く、すっかり新幹線の住人になってしまいました。都市計画スケールのプロジェクトのため、あと1〜2年は通うことになります。

普段、事務所で仕事をしていると、次から次にスタッフに話しかけられたり、あるいは電話したりと、なかなか自分の仕事が進みません。でも、新幹線の中は誰も話しかけてこない。集中できます(笑)。

最近、新幹線によっては車両の一番前か後ろにコンセントがある・・ということも知り(!!)充電しながら、イーモバイルでスイスイとネットやメールができるので申し分ありませんね。(田島)